公開シンポジウムについて

漢方生薬ソムリエ協会では、1年に1~2回、会員だけのシンポジウムを開いています。そのほかに、1年に1回程度、一般の方にも来ていただける公開シンポジウムも開催しています。2019年11月10日には、金沢にて、第1回「黄連シンポジウム」を開催し、50人の参加を得て、内容の濃いシンポジウムとなりました。その時の抄録集を添付しておきます。
コロナ禍の中、開催の期日について明確ではありませんが、次は「麻黄シンポジウム」と「当帰シンポジウム」を予定しております。

≪第1回漢方生薬ソムリエ協会・公開シンポジウム≫

黄連シンポジウム・報告書 抄録集

期日:2019 年 11 月 10 日(日)13:00~17:30
場所:TKP 金沢新幹線口会議室 6 階 6B 室
参加者:50人

このシンポジウムは、日本漢方生薬ソムリエ協会初の公開シンポジウムとして開催されました。日曜日の午後のみという短時間ではありましたが、発表は全て高レベルで興味深いものでした。
以下にプログラムを記します。

前半(13:05~15:35)

座長:小松かつ子(富山大学和漢医薬総合研究所)・有田龍太郎(東北大学病院漢方内科)

  1. 黄連の歴史的考察―江戸時代に加賀黄連が良質品とされた理由―
    演者:御影雅幸(東京農業大学)
  2. 森野旧薬園関連資料にみる黄連
    演者:高浦(島田)佳代子・高橋京子(大阪大学総合学術博物館・大学院薬学研究科)
  3. 生薬・黄連について(実物供覧を含む)
    演者:宮嶋雅也(株式会社栃本天海堂・医専部)
  4. 各国薬局方の中の黄連
    演者:牧野利明(名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野)
  5. 黄連の市場価格と薬価の変遷
    資料提供:「黄連シンポジウム」資料委員会
  6. 昭和8年前後の市場の黄連
    資料提供:「黄連シンポジウム」資料委員会
  7. 昭和40年代の市場の黄連
    演者:小松新平(漢方生薬ソムリエ協会・名誉ソムリエ)
  8. 日本一の越前オウレン守り将来につなぐ
    演者:加藤好昭(五箇特殊林産振興組合)

後半(15:55~17:15)

座長:佐々木陽平(金沢大学薬学系)小川恵子(金沢大学附属病院漢方医学科)

  1. 日本における黄連の分布状況 ―『黄連の分布』(生薬学雑誌 1969)の紹介―
    演者:酒井英二・水野瑞夫(岐阜薬科大学)
  2. 東京都薬用植物園のオウレン
    演者:山上勉(公益社団法人東京生薬協会東京都薬用植物園受託事業 統括管理責任者)
  3. 臨床医から見た国産黄連
    演者:渡辺賢治・吉野鉄大(慶應義塾大学医学部漢方医学センター)
  4. 国産越前黄連を使用して
    演者:安井廣迪(安井医院)
  5. 黄連の国内栽培を目指した必要面積の試算
    演者:有田龍太郎(東北大学病院漢方内科)
  6. オウレン Coptis japonica の遺伝的多様性について
    演者:北村雅史(城西大学薬学部)

全体を振り返って

短時間ではありましたが、重要な話題が次々に提供され、極めて内容の濃いシンポジウムとなりました。以下に、全体に大きく6項目に分けてこのシンポジウムのまとめを行いました。過去の歴史を振り返り、現在の問題点を明確にし、未来をどう構築するかということが明らかになったと思われます。以下、報告です。

  1. 日本産黄連Coptis japonica Makinoの歴史
    日本産黄連は、古名をカクマグサといい、日本において1000年以上の歴史を持つ薬用植物であり、その使用経験も多い。平安時代の『延喜式』に各地で生産される黄連が記載されており、その後も日本各地に産することが記されている。江戸時代に編纂された『諸国出産和薬控』の日本各地からの産物の報告の中に黄連の名が多数ある。各地に産する黄連の中でも加賀黄連はとりわけ良く知られていた。その理由は御影先生の論文に見るとおりである。薬用に供される日本産黄連はセリバオウレンとキクバオウレンであり、これらは江戸時代にすでに栽培が開始されていて、更には中国や朝鮮半島まで輸出されていた。

    「黄連の歴史的考察」について講演する御影雅幸理事長
    「黄連の歴史的考察」について講演する御影雅幸理事長

    この当時のキクバオウレンとセリバオウレンの姿は、島田(高浦)先生の発表にあるように、森野旧薬園を創設した初代森野藤助によって、『松山本草』(1750年以降)に描かれている。森野藤助の本拠地である宇陀周辺では、盛んに黄連が栽培されていたようである。

    「森野旧薬園関連資料にみる黄連」について講演する高浦(島田)佳代子先生(大阪大学総合学術博物館・大学院薬学研究科)
    「森野旧薬園関連資料にみる黄連」について講演する高浦(島田)佳代子先生(大阪大学総合学術博物館・大学院薬学研究科)

    キクバオウレンとセリバオウレンは交雑することが多く、北村先生、安藤先生、佐々木先生らは、THBO遺伝子の多型解析を行い、2変種の交雑した個体の存在を遺伝学的に認めるとともに,オウレンの変種の同定法として確立することに成功している。さらに、小葉の切れ込みの深さに注目して、葉の表面積に対する葉縁の周長が形態評価基準として有用であることも併せて報告された。

    「オウレン Coptis japonica の遺伝的多様性について」講演する北村雅史先生(城西大学薬学部)
    「オウレン Coptis japonica の遺伝的多様性について」講演する北村雅史先生(城西大学薬学部)

    水野先生の調査により、1970年の段階で、黄連は日本の国土に広く分布していることが明らかにされており、酒井先生の調査でさらに詳しく調べられている。

    「日本における黄連の分布状況について講演する酒井英二先生と水野瑞夫先生(岐阜薬科大学)

    「日本における黄連の分布状況について講演する酒井英二先生と水野瑞夫先生(岐阜薬科大学)

    「日本における黄連の分布状況について講演する酒井英二先生と水野瑞夫先生(岐阜薬科大学)

    また、昭和期には、鳥取県智頭町、兵庫県山南町、福井県大野市などで盛んに栽培され(それぞれ、因州黄連、丹波黄連、越前黄連と呼ばれた)、その年間生産量は、1934年には約80トンに達していた。また、1955年から1968年までの厚生省薬務局の統計では、栽培収量と野生採取収量を合わせ約60トンから約80トンの年間生産量があった。輸出先としては、韓国、ホンコン、台湾、南ベトナム、シンガポール、その他があり、1966年には約38トンの黄連が輸出されていた。
    黄連の薬価収載は1965年で、当初3,800円/kgであったが、1978年には48,000円/kgとなり、販売価格(出荷価格)は1977年に28,266円/kgの最高値を出した。しかしその後、為替が変動制になり、円高になると同時に中国から安価な黄連が輸入されるようになって、国産の黄連は競争力を失い、次々に生産を終了したことは、小松新平氏が明らかにした通りである。

    「昭和40年代の市場の黄連」について講演する名誉ソムリエ・小松新平氏
    「昭和40年代の市場の黄連」について講演する名誉ソムリエ・小松新平氏

    最後に残った福井県大野市の黄連の年間生産量は、2018年で約700㎏となり、もはや風前の灯火である。この地で黄連栽培を行い、孤軍奮闘する加藤好昭氏の姿がTV番組「ポツンと一軒家」で紹介されたことが、黄連を注目させることになったのは幸いであった。

    「越前オウレン守り将来につなぐ」を講演する加藤好昭氏(五箇特殊林産振興組合)
    「越前オウレン守り将来につなぐ」を講演する加藤好昭氏(五箇特殊林産振興組合)

  2. 現在、日本で流通している黄連と、各国の薬局方に記載されている黄連
    現在日本で流通している黄連は、ほとんど中国産の味連(Coptis chinensis Franche.)である。本シンポジウムでは、宮嶋氏によって、第17改正日本薬局方以降に収載されているCoptis japonica、Coptis chinensis、Coptis deltoidea、Coptis teetaに由来する生薬標本が供覧され、Coptis chinensisに関しては、その等級ごとの生薬も展示された。Coptis japonicaに関しては、越前黄連のほかに、かつて生産されていた因州黄連、丹波黄連も閲覧に供された。これら各種黄連の比較観察は、現在市場に流通している黄連を知り、その鑑定を行う能力を身につけるという意味で、漢方生薬ソムリエにとって重要なことである。

    「生薬・黄連について」講演する宮嶋雅也氏(株式会社栃本天海堂・医専部)
    「生薬・黄連について」講演する宮嶋雅也氏(株式会社栃本天海堂・医専部)

    生薬供覧で集まる皆さん

    生薬供覧で集まる皆さん

    供覧された各種黄連

    供覧された各種黄連

    牧野先生は、歴代日本薬局方におけるオウレンの記載の変遷をたどり、さらに、各国の薬局方におけるオウレンの記載を比較し、そのうち中華人民共和国薬典(2015)ではCoptis chinensis、Coptis deltoidea、Coptis teetaを秋に収穫して根をほとんど除いた乾燥した根茎と定義されていることを明らかにしている。韓国薬局方、台湾中薬典の記載は、日本とほぼ同じである。2019年から急速に中国生薬を収載し始めたヨーロッパ薬局方European Pharmacopoeia (Ph. Eur.)は、ほぼ中国薬典の記載を取り入れており、オウレンに関しても同様である。これは、今後、ヨーロッパに中医学を輸出したい中国の意向が強く反映されていると考えられる。
    ただ、中国薬典もヨーロッパ薬局方も法律ではなく、取り扱う企業にまかされているため、これらの国でCoptis japonicaが使用できないという訳ではない。

    「各国薬局方の中の黄連」について講演する 牧野利明先生(名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野)
    「各国薬局方の中の黄連」について講演する牧野利明先生(名古屋市立大学大学院薬学研究科生薬学分野)

  3. 黄連の国内生産を拡大するにはどうしたらよいか
    黄連の3大産地のうち、現在でも栽培が続けられているのは福井県大野市のみである。この地の栽培法は、林内に散種して15~20年後に収穫する直播栽培法と3~4年生苗を移植する移植栽培法があるが、現在では、掘り取るときに少しだけ根茎を残し、その根茎を年々繁殖させて、何年か後に成長した根茎を採取する方法に変わっている。最も効率の良い栽培法は畑栽培で、これは兵庫県山南町(現在は丹波市山南)で行われていたが、現在は途絶えた。
    有田先生は、現在の消費量に見合った黄連の量を生産するに必要な栽培面積について試算を行い、年間総使用量約46トンを生産するのに必要な面積は92-120ha(東京ドーム20-25個分)であり、医療機関で使用する生薬としての黄連1.5-2トンを生産するに必要な面積は3.6-4.4ha(東京ドーム1個未満)であると報告した。これは、国内栽培が十分可能な数字である。

    「黄連の国内栽培を目指した必要面積の試算」の講演をする有田龍太郎先生(東北大学病院漢方内科)
    「黄連の国内栽培を目指した必要面積の試算」の講演をする有田龍太郎先生(東北大学病院漢方内科)

    この数字は、間違ってはいないが、生薬は商品であり、農家にとっては出荷価格が、医療関係者にとっては薬価が極めて大きな問題である。大野市の黄連の出荷価格は13,000円/kgであるのに対し、薬価は9,030円/kgであり、最終販売価格である薬価よりも出荷価格が大きく上回っている。農家が十分な収入を得ることが出来るだけの薬価でなければ、継続は不可能であろう。とはいえ、何としてでも栽培を継続してもらわねばならない。少なくとも、現在の栽培地(圃場)を維持し、栽培技術を継承し、人的資源を確保し、伝統を途絶えさせない努力が必要である。

  4. 中国産黄連と日本産越前黄連の違い
    日本産黄連には、日本での1000年以上の使用経験がある。繁用されるようになってからでも300年以上の歴史を有する。これに対し、日本での中国産黄連の使用経験は、1980年代から30年余りの歴史しかない。
    中国産黄連と日本産黄連は、外見も切断面の色も異なり、成分にもかなりの異なりがある。主要成分ベルベリンは、双方ともに含まれる(濃度は中国産の方が濃い)。しかし、中国産にはパルマチンやコプチシン、エピベルベリンなど、日本産には少ない成分を多く含む。さらに、修治(炮製)の過程で焦げるため、それに伴う味や成分の変化が見られる。これらに関する研究は、いまだ十分に行われているとは言い難い。
    一方、臨床家の間でも、両者の効果の違いは認識されておらず、同じ生薬として使用してきた。今回のシンポジウムでも、効果の違いは明らかになっていないが、渡辺・吉野両先生の発表のように味の違いは明らかであり、安井先生の発表で示唆された副作用に関しても今後研究の必要性があろう。

    「臨床医から見た国産黄連」 吉野鉄大先生(慶應義塾大学医学部漢方医学センター)
    「臨床医から見た国産黄連」吉野鉄大先生(慶應義塾大学医学部漢方医学センター)

    「国産越前黄連を使用して 」を講演する安井廣迪先生(安井医院)
    「国産越前黄連を使用して」を講演する安井廣迪先生(安井医院)

  5. 植物園のオウレン
    全国各地にある植物園では、たいていオウレンを栽培している。今回、東京都薬用植物園に生育しているオウレンを山上様が紹介され、実際にそこから採取したオウレンを供覧のために持参された。また岐阜薬科大学の酒井先生は、同大学植物園にあるオウレンの群生地を写真で紹介された。3月ごろに一斉に開花する様は壮観である。今後、各地の植物園は、オウレンに関する知識を入園者に提供していただく努力をしていただければ幸いである。

    「東京都薬用植物園のオウレン」を講演する山上勉氏(公益社団法人東京生薬協会東京都薬用植物園受託事業 統括管理責任者)
    「東京都薬用植物園のオウレン」を講演する山上勉氏(公益社団法人東京生薬協会東京都薬用植物園受託事業 統括管理責任者)

  6. 今後の課題
    1970年に三鍋昌俊先生が編纂した『薬草オウレンの研究』(1981年改訂出版)において、それまでに出されたオウレンの研究は、ほぼ網羅されている。日本産オウレン栽培の最盛期に書かれたこの本の出版後、中国産黄連の輸入に伴い、日本産黄連の価格が下がり、生産も急速に減少した。そして、その後、黄連に関する研究はあまり行われてこなかったように見える。
    今回のシンポジウムを通じて、明らかになったことは、日本産黄連と中国産黄連は、同じ生薬と考えない方が良いのではないかということであった。それを証明するためには、いくつかの新しい研究が必要になろう。
    まず、基礎研究として、パルマチン、コプチシン、エピベルベリンなど、日本産黄連には少量しか含まれない成分の研究が、in vivo、in vitroで必要と思われる。また、中国産黄連は、修治(炮製)の段階で加熱のために焦げるが、それらが成分に与える影響も調べる必要がある。臨床研究としては、同一の被検者に、日本産黄連と中国産黄連を交互に投与して、効果はもとより、味、副作用などを調べるパイロットスタディがまず必要であろう。その結果(印象を含め)を踏まえて本格的な臨床研究を行う必要があろう。
  7. 結語
    以上、今回の「黄連シンポジウム」をいくつかの観点から検討した。中国の経済状況を見ると、中国産黄連の価格は、今後上昇することはあっても下がることはないであろうし、そう遠くないうちに日本産黄連の価格に近付くであろう。その時、日本産黄連は再び脚光を浴びるであろう。その時のために、オウレンの国内栽培をともかくも継続しておかなければならない。最後に残った大野市の越前山オウレンの栽培の継続を皆で後押ししていくと同時に、日本産オウレンの特徴をよくつかみ、基礎研究・臨床研究を行って臨床応用の道を開いておく必要があろう。

皆様への要望

私たちは、このシンポジウムを通じて、日本産黄連と中国産黄連とは別の生薬であるという認識を持った。この2つの生薬の差別化を図ることは、基礎研究の観点から見ても、臨床的観点から見ても重要と思われる、そのことを解明することが、国産オウレン栽培の必要性の根拠となり、臨床的には、国産オウレン使用の必要性の根拠となるはずである。その上で、それぞれの研究者の方々に以下のことを要望する。

  1. 基礎研究者の方々へ
    黄連のベルベリン以外の成分であるパルマチン、コプチシン、エピベルベリンなどの薬効薬理を、基礎研究を行って明らかにしていただきたい。また、既存の実験系を用いて中国産黄連と日本産黄連を比較して、その差異を検証していただきたい。
  2. 臨床医の方々へ
    黄連の効果を見るために、同一被検者に一定期間、中国産黄連を服用してもらい、次いで日本産黄連を同様に服用してもらい、その感想を聞くと同時に、その効果を判定して報告していただきたい。これは印象でも構わないが、パイロットスタディが可能であれば、行っていただきたい。

≪第2回漢方生薬ソムリエ協会・公開シンポジウム≫

麻黄シンポジウムⅠ・報告書 パンフレット

期日:2023年10月22日(日)

場所1:(シンポジウム会場):「いこいの村能登半島」10:00~15:00
〒925-0165 石川県羽咋郡志賀町志賀の郷温泉
場所2:(マオウ圃場見学)富来マオウ圃場15:20~16:00
〒925-0453 石川県羽咋郡志賀町里本江

参加者:53人(非会員22人を含む)

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